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日々考えていることを思うままに。ひっそりと栃木SCを応援しつつ、かなり脱線してます。(注:エキサイトブログを除き、リンクのないトラックバックは受け付けない設定となっております)


by silky_wing

「自然村」はもはや維持できないのか?

過疎地域の2641集落が消滅の危機 国交省など調査(朝日新聞)
 全国の過疎地域にある約6万2000の集落のうち、4%強にあたる2641集落が高齢化などで消滅する可能性があることが、国土交通省と総務省の調査でわかった。うち422集落は、10年以内になくなる可能性があるという。地域別では中国、四国が多く、いずれも500集落近くが消滅の危機を迎えている。
 調査は過疎地域自立促進特別措置法に基づいて、過疎地域とされている全国775市町村を対象に、両省が昨年4月末に実施した。「集落」の定義は数戸以上の住居のまとまりで、町内会などの単位となる地域。消滅の可能性の判断は各市町村にまかせた。


かつて、明治時代には約70,000(明治21年には71,314だったという。ソースはこちら)の自然村があるといわれており、これが同年の市制町村制の制定により、約15,000の行政区画としての市町村になった。当時の総人口は約4,000万人。集落当たり約500人強ということになる(都市部を考えれば、平均的な集落の人口はもう少し少ないだろうが)。

現在の日本の人口は約1億2,000万人。減少基調にあるとはいえ、当時の3倍だ。しかも、当時とは比べ物にならないだけの豊かさと科学技術を持っている(いや、政府の負債だけは当時を上回っているかもしれないが)。もちろん、いくら豊かで技術があっても、これら全ての集落に都市的な生活を営むだけのインフラを提供することは不可能だ。それでも、何とかならないものだろうか。

日本の場合、平野部に比べて山林部の面積が遙かに大きい上、下流域にある平野部が、上流域にある山林部と直結している構造にある。これがどういうことを意味しているのかといえば、アメリカの場合、極端なことをいえばゴーストタウン化した地域を放っておいても、(汚染物質等は別として)特段の支障が生じるわけではないが、日本の場合、山林部にある集落が、平野部にある都市部を守っているという側面がある。環境学の知見では、自然というのは人間によって一定の手を加えることによってはじめてコントロール可能になるという面があるからだ。

その山林部の集落が、維持できなくなりつつあるというのだ。これは極めて重大な問題なのではないか。背景には都会への人口流出もあるし、近年は総人口の減少もこれに拍車をかけている。産業構造の変化も要因だし、国・地方を通じた危機的な財政状況も大きな要素だ。

恐らく調査の「消滅する可能性のある集落」というのは、定義次第でもっと多くなるだろう。そして、公共事業と地方交付税でこれらの集落を維持することは不可能なことは、ここ30年くらいの年月が証明している。では、わが国の国土保全はどうすればいいのか。自分を含む都市住民にとっても重大な政策課題であるにもかかわらず、議論は依然として「都市」と「地方」の対立という、紋切り型の捉え方だけにとどまっている。確かに地味ではあるけれど、これは重大な政策課題なのではないか。陳腐な表現で恐縮だが、自然科学と社会科学を融合させた学際的・総合的なアプローチこそが、今求められているのではないかと思う。

※何か、学部生のレポートみたいになってしまいましたね。掘り下げた考察ができなくて申し訳ないです。
by silky_wing | 2007-02-27 00:11 | 都市・地域雑感