日々考えていることを思うままに。ひっそりと栃木SCを応援しつつ、かなり脱線してます。(注:エキサイトブログを除き、リンクのないトラックバックは受け付けない設定となっております)


by silky_wing

宇多田ヒカル離婚に思う。

宇多田ヒカルが離婚 公式サイトで発表(イザ)

2ちゃん方面では逆法則の発動(独身に戻ってまた売れるようになる)とか色めいている向きもあるし、実際そうなる蓋然性は高いと思うけど(「Automatic」は失恋したときに書いた曲というのは有名ですよね)、個人的には楽曲が凡庸になったとしても、精神的に不安定なところがあるのはわかるだけに、彼女には幸せな結婚生活を送ってほしかったな。

彼女の場合は、いわゆる内面切り売り系のアーティストとしては、何と言うのか、10代の頃にあったある種の「切迫感」がなくなっただけで、楽曲のクオリティはそれほど劣化してなかったと思うだけに余計そう思うのかな。「Ultra Blue」も良いアルバムだったし、去年のライブツアー「Utada United」も良かったし。

離婚とか破局とかのニュースや、知人の話を聞いたりするたびに、難しい時代になったなあと、つくづく思う。ていうか、うまくいっている夫婦や恋人同士の方が、逆に理解できないくらい。

元々、「男はみんなマザコン」で、「女はみんなファザコン」なんだから(それぞれGoogle検索すると、約87,200件、約15,500件がヒットする。これ自体差別のように思うが。)、「一時の気の迷い」とか、「体だけの関係」とか以外では、普通にうまくいかないのが論理的な帰結としか思えない。

※「男女の関係は論理では割り切れない」とお考えの方もいらっしゃるとは思いますが、僕はこの考えには反対です。逆に、男女の関係というのは、個別の事案をきちんと精査していけば、とても恐ろしいくらい、そしてとても悲しいくらい、ロジカルな結果になると考えています。

では今多くのカップルでうまくいっている理由は何か。そのケースは3つくらいに大別できると思う。

(1)男女で全く別の職種の場合
専業主婦というのもこれに含まれるのかな。男性は総合職、女性は一般職というようにリジッドに職種が分化されていて、女性は「寿退社」するような感じ。こういう世界であれば、性別役割分業が明確に定められている分、相互に魅力を感じやすくなる。家族社会学の教科書が説くところの、いわゆる「近代家族モデル」ともいえる。しかし、このモデルは今では絶滅危惧種である。理由は2つあって、一つは男女共同参画の潮流から、男性も女性も同じ職種につくことが多くなっていること、もう一つは、高度経済成長が終わった社会経済状況では、男性が専業主婦を養うだけの収入を得ることが困難になっていることである。困難になっているばかりか、中長期的に仕事を失うリスクも存在している。したがって、このモデルはごく一部の「勝ち組」にのみ当てはまるといえるだろう。

(2)男性の方が能力的・人格的に図抜けている場合
最近の自分周りではこのケースが多いような気がする。要は、同年代、類似職種でも男性がマザコンを克服できるだけの心の強さと、女性のファザコンを受け入れるだけの包容力を持っていればいいというだけの話。最近の女性が年上か、同年代のカップルにはこのパターンが多いように思われます。もっと簡単に言えば、男性と女性で同じような年齢であれば、能力的・人格的によほどの差がなければ恋愛感情に至るほどの魅力を感じないんじゃないかということ。もちろんこのモデルにも大きな問題がある。一つは、これを実現できる男性はごく一部しか存在しないだろうということ、もう一つは、これを実現できるなら、高収入が得られるわけだから、(1)のモデルに走る男性がいるということ。というわけで、このケースも相当にナローパスといえるだろう。

(3)男性の方がかなり年上の場合
で、最近多いのがこのパターン。男性の加齢による精神年齢の上昇によりマザコン問題を克服しつつ、女性のファザコン願望を満たすことができるということと、仕事の面でかなり先を行っているので、その点で女性が魅力を感じることが多いということでこのケースが増加中なのではないだろうか。ちなみに、研究者の世界では、こうしたケースは極めて多い。
前出の宇多田ヒカルの場合、元夫の紀里谷氏が、
「その創作の厳しさや苦しさ、そして孤独をお互い抱えたまま、相手に甘えるということがが最後までできなかったように思います。」
といっていたことから、精神的な面で折り合いがつかなかった部分があること、仕事の面でもお互いトップランナーであっただけに、尊敬の念というメリットが薄かったことが要因としてあるのかなと推察される。

ちなみに、僕の場合、(1)は収入的に不可能、(2)は能力的に不可能、(3)は僕の年齢的に対象が20前後となっていまい、こちらが引いてしまうことから、いずれのケースも不可能。すなわち恋愛そのものがロジカル・エラーになるではないかと、現時点では考えています。もともと薄々は感じていたのですが、書いてみて改めて確信できました。つーか無駄に論理的だし。

反論・反証は(不純な動機抜きに)大歓迎です。大いに議論していただきたいと思います。あと、個人的にはシュンリン大先生のご意見は拝聴したいところ。もしご覧いただけるようでしたら、コメントをいただければ幸いです。

(3/5追記:論理的にはそうなんだろうと思うんだけど、感覚的にどこかが間違ってる気がしてきた。となるとやっぱり愛は論理を超越するのか?それとも、くっつくのには論理性はないけど、別れる時には必然性があるってこと?)
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by silky_wing | 2007-03-04 02:32