日々考えていることを思うままに。ひっそりと栃木SCを応援しつつ、かなり脱線してます。(注:エキサイトブログを除き、リンクのないトラックバックは受け付けない設定となっております)


by silky_wing

カテゴリ:研究( 13 )

先日、地上デジタル放送対応テレビをようやく買った(9月1日に新モデルが出るらしく、やたら安かった)。
地上デジタル放送については、以前論文も書いたにもかかわらず対応機も持っていないということで、研究者として非常に心苦しく思っており、これでようやく地デジ体験ができると喜んだのだが・・・
設定をしても

全 然 写 ら な い

のである。
ちなみにうちの集合住宅は電波状況が悪く、地上波のVHFでも画面がかなり汚く、UHFは全くといっていいくらい写らない。どうもUHFのアナログ放送がが写るレベルの電波状態でないとデジタル放送も写らないようでので、いろいろ検討してみた。
室内アンテナ:実家にあったものを持ってきて試してみたが、全くダメ。室内アンテナは電波の強いところで使用できるものであって、元々住居のアンテナがダメなところで設置しても、ダメに決まっているらしい。
屋外アンテナ:ベランダに設置して、冷房の排気口を利用するか、すきま配線ケーブルを用いるかして室内に引き込めばよいようだが、電波状況がよくないとやはりダメらしい。
電波状況次第なのは、総務省のサイトにも、
従来建物等の反射等で良好に受信できなかったところや、現在共同受信設備で見ている場合でも、地上デジタルテレビ放送になると、個別に受信アンテナ(各戸の屋根、ベランダ等)を設置することで直接受信することが可能となるところもあります
と堂々と書いてある(共同受信施設のアンテナ等について)。「ところもあります」って、何だこの歯切れの悪さは。

ちなみに、UHFの屋外アンテナについては、BSアンテナのようなフォルムのものよりも魚の骨型のものがいいとか、衛星放送なら向きを衛星に向ければいいが、地上波は東京タワー側を向けなくてはいけないとか、いろいろあるらしい。しかし、ウチは窓の外の手すりにしか設置できないので魚の骨型はあまり現実的な選択肢とはいえないし、そもそも窓が東京タワーの反対側にある上に1階ときている。

無 理 じ ゃ ん 。

さて、どうしたものか…引っ越すしかないってことか?自分はメカには強い方だという自負はあるが、それでもこの有様である。2011年にはアナログ放送は廃止されるそうだが、

や れ る も ん な ら や っ て み ろ

今回の一件で深く感じました。
総務省は衛星放送やIP伝送で補完する方向で検討してはいるが、検討じゃ遅いよ。今こうして観れない状況にある人って、きっと大勢いるんだから。つーかこうした政策を考えてる人って、みんないい一軒家に住んでるんだよ、きっと(一軒家なら周囲にマンションなどの遮蔽物さえなければ、従来のUHFアンテナで快適に受信できる)。単なるひがみだけどさ。

いずれにしても、地底人への道は険しい。

参考:地デジのインフラ整ってますか - 意外と知られていない受信のツボ
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by silky_wing | 2006-08-23 00:18 | 研究
民間シンクタンクに勤めている、研究室の後輩の結婚式があった。
彼はものすごく優秀で、披露宴も完璧といっていいほどソツのないものだった。普段辛口で鳴らしている指導教官の先生の挨拶でも、手放しの褒めようだった。
どれくらい優秀かって、彼は学生時代演劇部だったのだが、修士論文を書きながら演劇の脚本を書いていたのだ。研究室では毎日涼しい顔をしながらマイペースで論文を進め、家では脚本を進める。普通じゃありえない。(私も含めて)普通修士論文をかくときにはみんなテンパってしまうというのに…
しかも、卒業後の春休み、その脚本は舞台として上演されたのだが(しかも脚本・演出・主演の3役!)、これがものすごく面白かった。演劇には全く興味のない僕でさえ、引き込まれるくらいだったのだから、相当のものだったのだろう。さらに、この舞台を観て感銘を受けたのが、結婚の馴れ初めだったというのだから。
で、ここからがオチ。
新郎友人の挨拶が傑作だった。
研究員には2種類います。IQで勝負するヤツと、愛嬌で勝負するヤツです。H君(後輩)がどちらかは、いうまでもないでしょう(以下略)」
その瞬間、テーブルにいた同じく民間シンクタンクに勤務する研究室の先輩と私は顔を見合わせた。
「僕たち、愛嬌で勝負する方ですよね。」「そうだよな」
というわけで、「愛嬌で勝負する研究員」。しばらくはこれでいきます。あ、もちろん、我社にも、IQで勝負する研究員はちゃんといますので、ご安心下さいませ。
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by silky_wing | 2006-05-28 00:53 | 研究
地方公共団体の破綻法制BI@K

思わず唸らされるほどの良エントリ。
見事に論点がまとめられており、さすがとしかいいようがありません。
で、考えてみたのですが…
国・地方合わせた債務残高が約800兆円あるのはご案内の通りですが、
この責任は誰にあるのでしょう?
(1)金融・財政政策に失敗した当時の所管官庁
(2)当時の政策の意思決定を下した政治家(内閣および国会議員)
(3)国債を引き受けた金融機関
(4)国民
事実関係だけからいえば(1)か(2)のような気がしないでもないが、責任を問うたところで借金が返ってくるわけではない。それに、行政府はあくまで立法府(=政治)の意思決定に従うものであるし、政治家を選ぶのは国民だ。となると(4)ということになるが、増税となると世代間の公平性が問題になる。(3)は問題外。国債のデフォルトなんて考えたくもない。
その上、自治体ともなると問題はもっと複雑になる。というのは上記エントリにもあるが住民の移転の問題が生じるし、借金をした時点での制度下において(現在もそうだが)、地方の財政規模を決定していた(る)のは国である。
「地方はよくわからないけどムダなことをしているから破産させて責任を問うべき」という言説に乗っかることはたやすい。しかし、誰がどういう形で責任をとるかを考えることはものすごく難しい。さらに、その責任には、当時の有権者であれば自分自身も関与していたということも、考える必要があるのではないか。

おまけ1:よく引き合いに出されるオレンジ郡の倒産ですが、中身を見たら例外中の例外であることは明らか。「郡」っていっても、日本で言えば都道府県くらいの規模で、しかもディズニーランドのあるくらい豊かな地域ってことは、千葉県が倒産するようなものですよ。

おまけ2:蛇足ながら、若手の経済学者に財政再建論者が多いのは、このことが背景にあると思うような気がする。彼らの主張の裏には、自分が選挙権を持つ、あるいは社会人になる年齢になった時には、経済・財政はどうしようもない状態になっていた。どうしてくれるんだよ?という感情があるのではないだろうか。
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by silky_wing | 2006-04-12 22:33 | 研究
久しぶりに土日出勤のない週末だったので(もしかしたら年明け初めて?)、
事前に前売り券を購入していた「県庁の星」を観に行きました。
(上映は今週末までだったので助かりました)
原作は当然読んでいたものの、
一業界人として設定が異なるとはいえやはり映画版も観ないといけないかなあというのと、
某市でリアル「県庁の星」体験をされた方が知り合いにいるというのもあったもので。
設定は大きく変わってるし織田雄二だしどうしたものかと思ってましたが、
愛読レビューで述べられているように、意外といい話でしたよ。
原作のエピソードは概ね取り入れられてましたし、
(小説自体、映画化前提みたいな部分もあったみたいですね)
構成も観る人を飽きさせない展開になってましたし。
ただ、
リ ア リ テ ィ が 全 く な い
ことを除けば。
(4/12追記:200億円のハコモノなんて、10年前の話ですって。今時ありえないです(笑))
医者モノとかパイロットモノとかも関係者は「ありえねえ」ってツッコミながら観ているっていう、アレと同じですね。
ということで、関係者の方々におかれましても、
ぜひ、ご自宅でごゆるりとツッコミを入れながらDVDでもご覧いただければと思います。

(おまけ)公式サイト(上記リンク)の「あなたの改革したいこと大募集」がどういうわけかツボ。「生協の白石さん」状態でレスを書いている中の人を想像するとなかなか熱いものがあります。
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by silky_wing | 2006-04-10 00:58 | 研究

新書というメディア。

勉強会用に、地方分権について新書でまとめた最近の文献がないか探したところ、これが意外にも思いつかない。Amazonとかでも検索をかけてみたのだが、うまく引っかかってこない。同僚にも尋ねたが、結局、「ありそうでないよね」という話になった(注:財政学ですと、神野直彦東大教授の著作があるのですが、行政学系ですとこれが・・・)。書店では、新書があれだけ多くの棚を占め、「新書の雑誌化」と言われるほどになっているにもかかわらず、である。これは、新書の読者層と、地方自治関係の文献の読者層が重ならないのか、潜在的なニーズなのか、どちらなのだろうか。僕は後者だと思うのだが・・・
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by silky_wing | 2005-07-13 23:17 | 研究
標記の件についてお問い合わせを何度かいただいたので、
以前、保育所に関して研究している後輩とやりとりしたメールをエントリとして残しておきます。
本来ならもっと勉強していないといけない分野にもかかわらず、
不勉強で大変申し分けないのですが、
疑問点等ありましたらお調べいたしますので、コメントいただければ幸いです。

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> 公設民営と教えて指定管理者制度とでは,
> 具体的に何がどう違うのでしょうか?
> 施設は自治体もちで,運営管理は民間におまかせという点では,
> どちらも同じかなと思うのですが。。。

結論からいえば、共通する部分も多いものの、
指定管理者制度の方が、より広範な権限を運営する団体に認めているという
理解でいいのではないかと思います。

> ・前者は管理の責任自体は三鷹市にあり,後者はそれを含めて受託業者にあるのか?

管理責任は両方とも市にあるようです。

> ・前者は,2000年の厚生労働省の通達で認められたものであり,一方指定管理者制度は2003年の自治法の改正に基づいたもの,という違いがあるのか?

2000年の通達というのは、
「保育所の設置認可等について」(平成一二年三月三〇日,児発第二九五号)
のことですよね?
上記通達により、公設民営の途が開かれた後に、
別の文脈で制定された「指定管理者制度」に関連して、
平成15年厚生労働省通知「社会福祉施設における指定管理者制度の活用について」
により、保育所についても、指定管理者制度が適用可能であるという解釈が示されて、
より広範な運営の委託が可能になったという流れなんじゃないかと思います。

> ・驚いたのが,管理期間が10年(!)ということ。毎年契約を更新していく公設民営とは大きな違いがあるが,それも基づいている法・制度が異なるからか?などなど,ピンとこないところがいくつかあります。

前者は法律上「行政処分」に当たり、後者は民法上の「契約」に当たるため、
後者の場合には、予算の単年度主義から、毎年契約更新という形になっているようです。
(ちなみに、前記ガイドブックでは、実務上は何かあったときのために2~3年程度にしておくことを推奨していましたが、長期スパンの方が、より優れた事業計画が立てやすくなるということなのかな?)

また、その他の大きな違いとして、指定管理者の場合には、
・料金の徴収ができる(料金設定には市の承認が必要)
・再委託が可能である
という点があります。

前者については、料金設定そのものは、保育所の場合には事業者が設定することはまずありえず、収入計画が組みやすくなるというのが主なメリットになるかと思います。
(文化・スポーツ施設などについては戦略的な料金設定は一つの焦点になっているようですが)

後者については、同種の事業を展開している企業であれば、建物の清掃などを同種施設と一括して発注することで、コスト削減に結び付けられるという考え方と、
既に直営でも委託コストの削減は行っているからメリットは小さいという考え方と両方あるようです。

(参考文献:『指定管理者制度ハンドブック』(ぎょうせい,2004年))
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参考:
社会教育施設における指定管理者制度について
(文部科学省)
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by silky_wing | 2005-06-12 21:42 | 研究
※このエントリは、「行政の役割」と民営化(その1)の続きです。

こうした議論は、行政を「公」、市民団体(自治会・NPO・ボランティア団体等)を「共」、民間企業を「私」とすると、一番左上の領域にあったものを、他の部分へと移行するものとして図式化することができる。

  サービス供給主体
     ↓
│ │公│共│私│
├―┼―┼―┼―┤
│公│○│ │ │
├―┼―┼―┼―┤
│共│ │ │ │←資金調達主体
├―┼―┼―┼―┤
│私│ │ │ │
└―┴―┴―┴―┘

3.民営化のメリット・デメリット
 民営化(ここでは、民間企業を指す)の視点として、野田由美子(編著)『民営化の戦略と手法』(日本経済新聞社,2004年)では、以下の4つが掲げられている。
(1)所有
・利益を最大化するという動機の存在により、経営努力が促される。
・コーポレート・ガバナンスによって、効果的な事業経営が担保されるとともに、経営の透明性が向上する。
・事業実施における諸規制(施設活用、単年度主義、公務員制度等)から解放される。
(2)経営ノウハウ
・ABC,BSC,TQM等、民間企業の優れた経営手法やリスク管理、人材管理のノウハウが導入される。
・市民のニーズに合わせた事業展開が可能になる。
(3)資金
・民間の金融機関からの資金調達が可能となる。
(PFIでは、施設整備を行う場合に民間企業と年に一定の金額を負担する契約を結ぶことにより、民間の市場での資金調達が可能になる)
・返済責任が伴うようになることで財政規律が高まる。
(4)競争
・民営化しても独占状態では効率性は向上しない。
・「官」と「民」との競争により効率性が向上することにより、「官」の効率化も促される。

 また、志木市の「行政パートナー制度」(有償ボランティアの登録市民に市の施設の運営委託を行うもの)でも、行政との競争による活性化、市民自らがサービス提供に参画することで、市民の目線からのサービス提供が可能になったことをメリットとしてあげている(村上孝浩「崩れ始めた公務員神話―志木市における行政パートナー制度の取組―」『自治フォーラム』2005年5月号)。同論文では、こうしたメリットこそが重要であり、低コストで行政を運営するための手段ではないことが強調されている。

 ただし、民間企業による民営化の4つの視点については、それぞれにデメリットがあることも忘れてはならない。利益の追求は安定的で安全なサービス供給がおろそかになってしまう危険性がある。もちろん、一定のルールに基づいた規制・監視で充分対応可能とする議論もあるが、市民生活の基本インフラ的なサービスでは、万が一のリスクが大きすぎる。何かが起こってしまってからでは遅すぎるという議論もあるし、大きすぎるリスクに対しては、市場によるリスクヘッジは機能しないという議論もある。
 コーポレート・ガバナンスによる経営規律の確保という議論については、米エンロンの粉飾決算を見抜けなかったり、敵対的買収によって事業展開が不安定になったりなど、コーポレート・ガバナンスの方が経営規律の面で優れているかといえば、疑問も多い。むしろ、現在の行政の方が情報公開制度等により、透明性は高いともいえるだろう。
 民間企業の経営ノウハウについては、行政においても導入可能なものであり、民営化のロジックとしては弱い感が否めない。もちろん、これらの手法の行政への適用については、今後、さらなる改善が求められるだろう。

 もう一点、指摘しておきたいのが、民営化には外注能力の低下が伴うという点だ。つまり、「発注先や発注内容、価格をどうするかを決めるには相当のビジネスセンスと交渉力が必要だ。ところが、何でも外注化していると、その見極め能力、つまり外注管理能力すらなくなる(南学・上山信一(編著)『横浜市 改革エンジン フル稼働』(東洋経済新報社,2005年)p.152)」のである。

4.おわりに―求められる「効率性」と社会的役割の再検討
 ここまで述べてきた民営化に関する議論は、決して目新しいものではない。今から約20年前に、ごみの収集運搬、学校給食、学校の夜間警備などの分野での民間委託(西尾前掲書)や、鉄道、電信事業の民営化にて行われてきた議論と、現在行われている議論とでは、重なり合う部分は多い。現在の議論で当時と異なっているのは、市民参画の活発化と、後述する政策目的の再定義くらいなのではないか。その背景としては、「小さな政府」への流れそのものは、世界的な潮流として20年前から議論がなされてきたが、日本では、バブル経済、景気対策によって、議論が先送りされたということが指摘されている。当時の議論に話を戻すと、西尾前掲書では、結局、直営論者が敗れたことについて、以下の点を指摘している。

(1)直営でなければ達成することのむずかしい政策目的を提示できなかったこと
(2)市民の支持が得られなかったこと
(3)直営のコストが高すぎることに対して、直営論者の側が有効な反論をしなかったこと

 ここでは、コストと政策目的の2点について、若干のコメントを加えておきたい。実際に事業に携わっている行政自らがこうした政策論を展開することで、市民を巻き込んだ議論につながっていくと考えられるからである。
 コストに関しては、南学(編著)『行政経営革命~「自治体ABC」によるコスト把握』(ぎょうせい,2003年)で、コスト分析の一つとして学校給食が事例として挙げられているが、ここでの含意は、直営だからコストが高いという議論は必ずしも正しいものではなく、非常勤職員の採用によるコスト削減や、学校給食を福祉における給食サービスと共用化することで全体最適を図るなどの代替案も考えられるというものである。
 政策目的に関しては、近年、文化施設の分野における新しい動向として、文化施設の現代的な意義を踏まえて、ミッションを再定義する試みがなされている。
 菅谷明子『未来をつくる図書館-ニューヨークからの報告-』(岩波新書,2003年)では、ニューヨークにおいて、図書館のミッションを、民主主義のインフラとして社会的属性に関わらず平等に情報へアクセスすることを可能にすることと、情報のアーカイブを充実させることで、ビジネス、芸術、市民活動のインキュベーターとしての役割であると再定義し、積極的な活動を展開している事例を紹介している。
 上山信一・稲葉郁子『ミュージアムが都市を再生する』(日本経済新聞社,2003年)では、欧米の都市づくりの新潮流である、「創造都市(クリエイティブ・シティ)」(芸術文化とその関連産業の拡大を踏まえて、こうした産業に従事する人々(クリエイティブ・クラス)にとって魅力ある都市づくりを行うこと)の拠点としてミュージアム(美術館、博物館等)を位置づけ、ミュージアムを核とした都市づくりの動向を紹介している。
 繰り返しになるが、コスト一つとっても民営化すればコストが削減されるということがは自明ではないことをはじめ、「効率性」と一口にいってもそう単純なものではない。また、その仕事が社会的に担っている役割についても、時代とともに再定義が行われている。「民営化」ありきで議論するのではなく、政策論として綿密な議論を行った上で、意思決定を行っていることが求められているのではないか。
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by silky_wing | 2005-06-05 19:37 | 研究
※本エントリは某所でさせていただいた同名の報告の内容を整理したものです。教科書的な議論をわかりやすく紹介することが目的なので、わかりにくかったらコメントください。修正いたします。

本報告のポイントは3点。
○行政の役割について、もう一度公共経済学や行政学の基本的な議論に立ち返って考えてみよう。
○ただし、全てを行政が直接運営しなければならないものではなく、「効率性」向上のため、民間企業やNPO等によるサービス供給を取り入れる部分も必要。
○とはいっても、必ずしも民営化が「効率」改善に資するとは限らない。また、「効率性」は単純に議論されるべきものではなく、その仕事が社会的に担っている役割まで考えた上で議論することが必要。

1.行政の役割
 近年、行政の役割を縮小し、「小さな政府」にすべきということが盛んに議論されている。危機的な財政状況のために「ない袖は振れない」のかもしれないし、行政活動の範囲を最終的に決定するのは政治の役割だから、世論を反映するのは当然ともいえる。しかし、こういう時だからこそ、行政の役割について、「そもそも論」から考えてく必要があるのではないか。ここでは、行政学の代表的な教科書の一つである、西尾勝『行政の活動』(有斐閣,2000年)での整理を中心に、行政の役割って何だろう?という議論を整理することとしたい。

(1)課題の公共性(経済学の「公共財」の理論)
 経済学では、公共財は、消費の「非排除性」と「非競合性」により定義されている。そして、その代表例としては、灯台があげられる。灯台は、そこを通る人を等しく照らし(非競合性)、かつ、費用を払わなかった人に対してだけ照らさないというようなことは不可能(非排除性)である。こうした性質を持つような種類のサービス(国防、警察などが代表例として挙げられる)は、公的なセクターにより供給されることが望ましいとされている。
 また、教育のように、学習塾や私立学校などにより、個別にサービスを提供できるものでも、公共財としての性質を持つ場合がある。例えば、高等教育の場合には、教育を受けた人が優れた発明をすることで技術発展をしたり、事業を興すことで雇用を創出したりするというように、「外部効果」が存在するので、公的な資金が投じられることが認められているのである。こうした財のことを、準公共財といい、前者の灯台、国防、警察などの純粋公共財と区別されている。すなわち、灯台は純公共財で、東大は準公共財なのである(←これ、勉強会で話をしたらウケなかったんだよなあ。自信あったのに・・・)

(2)権力的な問題解決
 西尾前掲書では、ある集落にある川の汚染が例として挙げられている。集落の住民の生活廃水により川の水が汚れると、みんなが損をする(これを、外部不経済という)。この場合、自主的に排水を流さないルールを作ることも考えられるが、自分だけ排水を流して、他の人がルールを守れば自分が得をするが、みんな同じことを考えれば、結果として排水は流し放題になってしまう。これが、いわゆる「囚人のジレンマ」の状況である。これに対する対応としては、町内会などの自主的な組織が、ルールおよび、問題が起こったときの紛争解決の仕組みを整備することも考えられるが、「社会的なコスト」を考えれば、民主的な付託を受けた公権力がこうした仕事を担う方が、効率的であるために、行政が権力的な問題解決の主体となることが望ましいと考えられてきた。

(3)「自然独占」と「クリーム・スキミング」
 前者の公共財の用件をみたさないようなサービスでも、公的な主体が実施することが望ましい場合もある。
 たとえば、電力事業のように、初期投資に莫大なコストがかかるような事業の場合、市場競争のままにすると、地域で1社が独占的に事業を行うことになる。その結果、価格統制が図られてしまい、社会的にはかえって費用対効果が悪くなってしまう。これを、「自然独占」といい、公社事業の根拠とされている。
 また、現在、郵政3事業の民営化が議論されているが、郵便事業は、全国一律に同料金によるサービスが供給されている。これを、民間の事業者が行うと、利益率の高い大都市圏のみで事業を実施し、それ以外の地域ではサービスそのものが供給されなくなってしまう場合がある。このような現象のことを、「クリーム・スキミング」といい(ハンドクリームのビンの真ん中の部分を指ですくいとる比喩からこの言葉がついたそうです)、公的に事業実施を行う根拠とされてきた。

2.行政の役割の縮小
 これまでの行政は、(1)から(3)を直接実施してきた。しかし、これらのいずれについても、かならずしも行政自らが行わなくていいのではないかという議論もある。
 (1)については、教育であれば、全部私立学校にして、公的なセクターの役割は奨学金制度を整備することだけにとどめるという方法もある。こういうやり方は介護保険などでも同様で、制度導入時には「措置から契約へ」ということが言われた、行政は費用の徴収と配分のみを行い、事業の実施は民間という流れである。
 (2)については、これを行政のコアの役割とする議論もあるが、近年では行政が紛争の解決に果たす役割を縮小すべきという考え方もある。しかし、僕の住んでる地域では、資源ごみは自主回収だったのが、区が回収することにいつの間にかなっていた。やっぱり、一部のまちの「世話人」的な人の負担が大きくなってしまったのかな?
 (3)については、公共サービスと民間サービスの共存や、電話のようなインフラの貸し出しなどの技術的な工夫によって現実に民営化が進んでいる。ただし、公共交通での民営化のように、赤字路線の廃止によって、「交通弱者」が出てしまうという「弊害」もある。また、カリフォルニアで大停電があった際の原因にも、市場が機能不全があったことが指摘されている。

(今日はここまでで力尽きました。次回に続きます。)
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by silky_wing | 2005-05-30 20:34 | 研究
週末に関西で学会があり、昨日移動日だったので、
某市の職員勉強会に参加させていただきました。

報告は行政の役割に関する公共経済学の基本的な議論を参照しつつ、
近年の民営化の議論に関する若干のコメントをさせていただくというものでしたが、
(概要については、読みやすい形で後日アップいたします)
拙い報告におつきあいいただき、ありがとうございました。

で、感想をいくつか。
某氏の方、キャラ濃すぎです!
(というと、私は違います!と反論される方もいると思いますが)
さすがは、「個性を伸ばし育てる」が基本方針の市だけのことはあります。
東京の某財団に派遣されている方だけじゃなく、キャラの層が厚いことを実感いたしました。

あ、でも誤解されないように言っておきますけど、全身全霊で褒め言葉ですよ。
実際、議論しててすごく優秀だと思いましたし。
(私がそんなことを言える立場にないのは承知しておりますが)
議論が曖昧な部分に関していただいたコメントの一つ一つも、
非常に的確なものだったと思います。

また、その土地の名物をいろいろ教えていただき、ありがとうございました。
東京といっても、いろんなトコロがあるんですよ!
東京にお越しの際には、面白い所や人をご紹介いたしますので、
ぜひ一声かけてくださいね。
というわけで、このblogでも、延び延びになってましたが、
東京のいろんな街の紹介もしていきたいと思います。
(もしリクエストがありましたら、コメント欄にでも書いてください。)

それでは、これから学会に行ってきます。
PCでメモ取りながらだから大丈夫だと思うけど、寝ないように気をつけないと・・・
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by silky_wing | 2005-05-28 08:03 | 研究
僕もささやかながら就職活動を行ったときに、「コミュニケーション能力」がないって言われたことがある(そういう意味では、あの頃の自分を拾ってくれた、現在の会社には本当に感謝している)

でも、昔そういう風に言われた立場からすると、「最近の若い人はコミュニケーション能力が低下した」という言い方には少し反論しておきたい。

社会学者の宮台真司氏は。かつては「会社」ないしは「同世代であること」(これに、「地域」を加えてもいいだろう)が共同体として機能していたが、こうした共同体が崩壊したことにより、コミュニケーションの不確実性が生じているのが現代であるとしている。今の社会は戦後日本においてかつてないほど「個」としてのコミュニケーションが求められる社会なのである。
また、マクロ的にみれば、就業構造の変化も大きいだろう。第3次産業の増加、要は、工場の労働者より接客業に従事する人が増えていることが、社会全体におけるコミュニケーションの必要性を高めているということも指摘できるのではないか。。
(ちなみに、いわゆる「マニュアル敬語」を批判する人にもそういう意味では反論しておきたい。あんなもの、単に社会全体のコミュニケーションの要求水準が高くなっただけ。昔の店員さんなんて、知らない人に対しては、駅の売店のおばちゃんくらい愛想がなかったと思いますよ。)

だから、「コミュニケーション能力」がないって言われたって、自信をなくさないでください。社会経験がないのに社会人としての話し方が上手じゃないのは当たり前。大事なのは能力じゃなくて、「伝えたいことがあるかどうか」と「伝えようとしているかどうか」です。そして、よく言われることですが、採用の最後の決め手は、「一緒に机を並べたいかどうか」です。だから、ちゃんと準備した上で、自分の人柄が相手に伝われば、きっとうまくいきますよ。面接官の中にだって、自分の会社でしか通用しない論理しか語れない人もいっぱいいます。僕の知り合いの話ですけど、面接のとき逆に「仕事でやりがいを感じるのはどういう時ですか?」って尋ねたら、答えられなかったっていうことだってあるくらいですから。

もっといえば、今年の就職活動がうまくいかなかったとしても、まだチャンスはあります。よく言われているように、企業は団塊の世代の引退を見越して、採用を増加させる方向にあります。だから、近いうちに第二新卒や転職市場が売り手有利になることは、十分考えられます。

とにかく、就職活動をされておられる学生さん。応援しますので、頑張ってください!!
(ご感想などありましたら、気軽にコメントしてみてください)
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by silky_wing | 2005-05-18 10:48 | 研究